父に対する感情

今日は、朝の申し送りで、自分の潜在意識に踏み込むことができた。

 

過去に何度も、私の深層心理には「父に置いて行かれた」という寂しさからくる、根深い心の傷があることを色んな人から伝えられてきた。

「お父さんに見て欲しかったね。」などの共感の言葉を言われたりもしてきた。

 

子供の頃、父と外出中に私は交通事故に遭った。

だが少し前を歩いていた父は、私が事故にあったことに気づかず、そのままスタスタと歩いて行ってしまったのだ。

道路に倒れた私は、周囲の人達が寄ってきて色々話しているのが聞こえたのだが、父を目で追うと、どんどん歩いて行っている。

私は、息ができない状態でありつつも、父を追いかけなければ、と思って起き上がり、周囲の人が色々言っているのを「大丈夫です」と言って(息が出来ないから、声にすらなっていない。ただの口パク。)息も絶え絶えに必死で父を追いかけて、一緒に帰宅した。

帰宅後も父が何も言わない事もあり、またエンパスでもあった私は、父母の気質、雰囲気を察していたのだろう、事故のことを言い出せなかった。

 

おそらく右半分の肋骨がほとんど折れていたと思うのだが、激痛に耐えながら日々を過ごした。

体の右半分が、真っ青から真っ黒になった時は、恐ろしかった。

学校でも家でもひたすら耐えに耐え、自然治癒したのだが、その後遺症で今でも右側の肋骨がボコっとへこんでいる。

 

そしてその出来事が、気質や行動にどう反映されているのかイマイチよく分からないまま、今まで来た。

しかし、この「父に救ってもらえなかった」という寂しさは、相当の傷を作っていたようだ。

父に対する「私を見て」「私の存在に気づいて」という心理が、「認めてもらいたい」「何かを成し遂げた人になって、人に見てもらいたい」という欲求になり、それが行動に現れていた。

イジメのなかで「無視される」ことが一番つらいのだが、大好きな父にそれをされた、という意識が確かにあった。

 

今朝はこの話が出たことで、心の中の、今まで焦点を当てて来なかった部分に焦点が当たった。

そして父に対する感情と向き合う必要が出てきた。

私の目から見て、父はアスペルガー症候群だと思える瞬間が幾度もあった。

アスペルガーだった父は、事故の音を背後で聞いていたのかも知れないが、私のことと結びつかなかったのかもしれない。

あるいは、まさか娘の事故なんて受け入れたくないという意識から、無意識に耳を閉じ、思考を遮断してしまったのかも知れない。

父は怖がりだったので、それもあり得ると思っている。

 

私は人生の中で、父を許すということをしてきた。

しかし「助けて欲しかった」「見て欲しかった」と思った、自分の感情と向き合うことはして来なかった。

その感情から発生した「見てもらいたい、認められたい」という部分にも目を向けてこなかった。

父は許せても、自分の感情は置いてけぼり。

 

しかし、発達障害がある自分を、家族、友人、仲間はいつでも認めてくれている。

私はずっと、すでに「ある」ものを、ないと思って必死に追い求めていたという事だ。

出来ない自分と競争して。

 

そう思ったら力が抜けた。

そして思考を手放して、午後はお山に木を植えた。

そのあと気絶したように寝てしまった。

起きてからもふわふわした。

何らかの変化が起きている感覚。

自分の深層心理に踏み込めた喜びがある。

それを祝って今日は寝よう。

お休みなさい。

 

〜補足〜

書いた内容を読むとひどい父のように見えるが、父なりに目一杯、私に愛を注いでくれた。

これは確かなことであり、父には感謝をしている。

 

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